13章1-52     2019.11.24

 西澤 正文

 テーマ:そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。(3)

  今日の聖書講話のテーマ、主題も、前12章に続き、祈りの大切さです。

  いよいよ使徒・パウロの伝道活動のスタートです。パウロは3回に渡り、異邦人の地へ旅立ちましたが、13-14章は第1回目。

 パウロは、どのような経緯で伝道旅行に出掛けるようになったでしょうか。アンティオケア教会の中に5人の予言者、教師がいて、礼拝し断食している時、その中で選ばれた。アンティオキアの街とは? また5人とはどのような人たちだろうか? 5人が集まり、礼拝し断食している最中に聖霊が告げた。そしてバルナバとサウロが伝道活動に出掛けるよう選ばれた。「前もって2人に決めておいた仕事に就かせるために。」とあるように、主は初めからバルナバとサウロを選んでおられた。これは、主の計らいにより、教会の主要人物5人が、揃って祈ることを求められた。「断食していると、聖霊が告げた」 断食とは、単に食事を断つだけでなく、神の助けを強く願い、祈りに集中するため食事を取らず祈り続けることで、この断食している時に祈りが聞かれ、聖霊により2人が選び出された。

 その後、彼ら5人は、はさらに断食して祈り、二人の頭の上に手を置いて、二人に聖霊の力が与えられるように祈り、出発させた。

 13:9から、サウロの名がパウロへ名が変わりました。これは丁度、伝道開始の時です。パウロと言う名は、一番小さい者との意味があります。回心前は、パリサイ人の中のパリサイ人、律法に関しては落ち度のない者、生まれも育ちも恵まれユダヤ人の中のユダヤ人で旨を張って生活していた。日本人に例えれば、東大法学部で卒業後は、国家官僚に通じます。エリート中のエリートです。しかし、パウロの心の中には、大きなぽっかりとした穴が隠されていたのです。ステファノのような真面目なキリスト者を迫害する裏に   

 

 

 、律法を守れば守る程、満たされない欲求不満が募っていたのです。救われない自分であることを一番感じていたのはパウロ自身であり、ダマスコ途上で「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」、と復活のイエスに声を掛けられ、3日間光を失う時の中で、心が180度ひっくりかえってしまいました。衝撃的な回心の体験を通し、過去の自分から決別し、古い自分を完全に捨てることが出来ました。

  回心後は、「一番小さいもの者」の名の通り、イエスが身代わりとり自分の罪が赦されて、主に愛されていることを、身をもって感じたパウロ。サウロからパウロへ名が変わったことで、これからも一番小さき者の自覚を失わないで主の証人として福音を伝えたい、という強い願いがあります。

  今日の学びの13章は、4節・聖霊に送り出され、51節・聖霊に満たされつつ喜びを味わっています。聖霊に始まり聖霊で終わっています。

 常に、神、イエスキリストを仰ぎ、全てを委ね、聖霊と御力を頂いて進まれた。主に一切を委ねて歩む者は、自分という意識を無くし、自分の考えに頼らないからです。神に愛されている確信があるから、一切を委ねることができる自分でいられる、そう思います。 

 復活されたイエスに出会ったペトロ、パウロは、自分の城を明け渡し、空っぽになった心にイエスを招き入れ「生きているのはもはや私ではない、キリストがわたしの内に生きておられる」(ガラテヤ2:20 P345)になったのです。 

 ■むすびとして

  使徒・ペトロ、パウロの宣教活動の原点は、深く熱く絶え間ない祈りです。祈りによって聖霊を迎えています。私達も、この2人の使徒に倣い、常に祈る生活を送りたいと願います。また聖日の礼拝をしっかり守り、共に祈りの時間、聖書の御言葉に静かに耳を傾ける静聴の時間を確保して信仰生活を続けたいと願っています。