ヘブライ人への手紙9章    2021.6.19

西澤正文

 旧約時代、エジプトを出て荒れ野を旅した当時、神がモーセに現れ指示して建てられた幕屋は、第一、第二と二つの幕屋がありました。第一の幕屋は聖所と呼ばれ、燭台、供え物のパンを置く机が置かれていました。第二の幕屋は至聖所と呼ばれ、金の香壇、金で覆われた契約の箱(箱の中にマンナの入った金の壺、芽を出したアロンの杖、契約の石板2枚)箱の上には翼で償いの座を覆う栄光のケルビムがありました。

 第一の幕屋・聖所は、祭司たちが絶えず出入りして礼拝を行う所で、その都度、燭台を整え、香を焚き、供えのパンを替えました。第二の幕屋・至聖所は、大祭司だけが年に一度だけ(7月10日の贖罪の日)入ことを許され、大祭司と民の過失のために捧げる血を携えなければ入ることが許されませんでした。第一の幕屋は、供え物、犠牲は捧げられているが、礼拝する人の良心を完全にすることができません。何故なら供え物、犠牲は、食物・飲物、種々の洗い清めに関するものでイエス・キリスト再臨による完成の時まで有効な肉体の規定に過ぎないからです。

 イエスは神の御計画、意志により、この世にお生まれになりました。それは、今まで述べて来た第一、第二の幕屋、聖所・至聖所のような人の手で作られたのでなく、また、雄山羊、子牛の血をもってではなく、イエス御自身の血をもって、ただ一度限り至聖所に入り、永遠の贖いをされました。  

 血は生命維持に不可欠であり、古代イスラエルの思想では、血は生命を守るもの、生命を宿すものと考えた。人が神と契約を結ぶ時、それを確実にするものとして、犠牲獣の血が祭壇と人に注ぎかけられた。イスラエルが奴隷状態であったエジプトから救われた時も、小羊の血が解放をもたらす重要な役割を果たす。主が裁きを行う時、小羊の血を家の入口の2本の柱、鴨居に塗り、その血を見たらあなたたちを過越し、滅ぼさなかった。(出エ12:7、12-13)

 神は、イエスを犠牲として、人々に罪の赦しを与えられた。大祭司は年に一度、至聖所に入り、

動物を携え血を捧げた(7節)が、イエスは西暦

 

 

30年十字架上で命を落とし、自らの血を捧げました。(12節)

 イエスが十字架上で死を遂げた時、「イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」(マタイ27:50-51)ことが記されてあります。これは何を意味するのでしょうか? イエス・キリストの死によって、聖所と至聖所と言うものが地上から消えたという事です。全ての人が神の所へ直接行き、神と相対することができるようになったのです。イエス自身の捧げ物は、わたし達の罪が取り除かれた福音そのものとなりました。

 日本人は、罪の感覚が鈍い。神社に行けば、「おはらい」をしてもらえます。人間の罪の汚れを川へ流せと教えている。流してしまえばよい、悪いことを流したらよいという考えです。神社で手を洗うのもそうです。罪に対する人間の責任と言うものがありません。聖書は、血を流すことによらなければ、罪の赦しはない、と教えています。血を流すとは死を意味します。死ぬことは最大の責任の取り方です。 

 なぜそれほど罪を考えるのでしょうか。それは人間が神により創られ、罪は創り主である神に対する反逆だからです。神に創られたものが罪を犯すことは、神に対して責任があるわけです。だから神はそれを責められる。ところがその責任を負ってくださったのが、イエス・キリストの十字架の死です。「彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」(イザヤ53:5) 

▢まとめとして

 

 神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けた時とイエスキリストの十字架上の死の時は、同じ時間でした。これは、イエスの愛、神の愛が人類に表された画期的な出来事であり、新しい契約=新約聖書の幕開けです。この時から罪赦された者として、神、キリストの愛にどうこたえるのか、われわれキリスト者の信仰生活が問われる始まりでもあります。