マタイによる福音書3章             2023.1.29

西澤 正文

テーマ:「悔い改めよ。天の国は近づいた」(2)

 イエスの罪の赦しの福音を受ける準備として必要なものは、ヨハネを通して罪を教えられ、罪を悔改めることです。バプテスマのヨハネはこの使命によりやって来ました。罪の意識のないところに悔い改めはなく、悔い改めがないところには救いはありません。ヨハネは、ユダヤの荒野で現れて、直ぐ「悔い改めよ、天の国は近づいた。」と言いました。

 ところで、マタイ1章でイエスが生まれる前、既にイエスの使命について天使が触れています。イエスと言う名を命名する時です。天使が現れイエスの父・ヨセフに言いました。「その子をイエスと名付けなさい。自分の民を罪から救うから」と。イエスが誕生する目的は、イスラエルの民を罪から救うためであることが、既にここに記されています。

 悔改めるのは「天の国」が近づいたから、と言っています。では、「天の国が近づいた」と

 

 

は、何を言っていのでしょうか? 天の国とはイエスを指してます。「天の国は近づいた」とは、イエスがもうすぐやって来ることを言っているのです。

 キリスト・イエスが来られるところに天国がある。天国が近づくのは、神が恩恵をもって人を救われるから。このことを聴いて罪人は悔改めなければなりません。そのことをヨハネは言っているのです。

 「天の国」「神の国」等と言われる「国」ですが、「神の支配されるところ」です。神の支配は私たちの心の中で行われます。神の支配されるところに「神の国」があります。ですから「天国」は死後に行くところでなく、神の支配のもとで生活する者の「神の国」を言っています。

 この世を去る最後の時まで、信仰を持ち続けることです。私たちの集会の先輩たちが、よく「信仰が無くならないように、お祈りしてくださいね」と言われたのは、切実な気持ちからです。天国行きは、この世で決まります。信仰を持ち続ける事です。私たちもこの世を去る最後まで神様、イエス様を信じましょう。