(1月)

・自分一人の時は、すらすら読めたりするが、人前ではなかなか読めない。中島兄の手術が無事に終えたとのこと。今後無事に退院できるよう、皆で祈りたい。内職が中々進まない。手が遅いので。少し内職の数が増えた。4-5時間内職しています。聖書を今まで以上にしっかり読み、深く知りたいと思う。

・最近、お墓屋さんからよく電話が入る。今朝の新聞で、親子関係で親が死んだらどうする、早く準備したらいいとか。私のところは妻を早くなくして、私が死んだときの準備は、一度したのでいいと思う。暮れに身内で会った時、子供たちから「私の声が大きい、周りに迷惑だ」と言われ、補聴器を買い送って来た。子供たちが私の耳の遠くなったことを心配している。次男が、来週夫婦揃い掃除をしに来ると言う。岩島公先生の「永遠の日本社」

102号から読者となった。先生から手紙頂く。岩島先生が親父の気分で話をお聴きした。

岩島著作集読んでくださり心から感謝。「国語教育の本が完成したので読んでください。」 ルターの卓上語録読んでいる。本気でキリスト教を読んでいる方は皆兄弟です。ルターの語録の中で…3つの心境。①キリスト者は休みなく祈る、寝ていようが。 詩12編 いつも聖なる十字架を祈っている ②夫婦の愛は、神の幸いの賜物 ③病気の慰め ルター病気の時、神の意志の中におり神に全てお任せ。死なない事を確信している。死んでも生きる。神の御心を任せている。  これが私の心境である。

2月)

・保科姉が2月7日退院した。17日入院され、以来頼絶食が3週間あったとのこと。大変辛かったと思う。絶食の間は点滴をされた。抗生剤の点滴も行ったが効果が無かった。胸上のところから高カロリー液の点滴をした。点滴が外れ、笑顔で「退院が7日に決定しました」と。おかゆを食べていたが、食事を取る事は大きいと思った。若い人でもICUで暴れることがある。不安や機械の音で心が不安定になる。40代50代でも反攪乱に陥る人がいる。心も体も正常に保つことは、本当にしっかりしていたと思う。退院し施設に戻ったことは神が守ってくれていたと改めて思う。これからも施設で大変なことがあると思うが、いつも守られ戻られて感謝。息子が毎日面会に来てくれるとの事。仕事が終わり職場から直行し面会、其れから家に帰って夕食する。その様な息子に申し訳ないと言っていた。洗濯も息子の仕事になり申し訳ないと重ねて言っていましたが、息子さんも偉いと思いと思います。

・先週、都合があって休んでしまい申し訳ありませんでした。今朝来たら、先週,保科姉が退院されたと知り、は異変うれしかった。また、保科姉のことを祈りましょう。私の今の仕事、少しずつ認められ、使ってくれて嬉しい。仕事が薄く、通常200個のところ、今、100個。手が遅いから数をこなせない。全体的に仕事薄いが、自分にできることを一生懸命やっていこうと思う。皆様、幸せになりますように祈ります。

(3月)

・今、ニュースは新型ウィルスばかり。それ以外でも、相模原障害施設殺傷事件裁判判決があった。植松被告が繰り返し言う。「障害のある人は殺していい。殺傷したのは良いことをした」 被告がかわいそうに感じた。どうしてか? 障害者の中で働いて来たのでそういう思いをした。私、昔、心身障害者重度の施設で働いた。寝返りひつとできない人たちばかりだった。注意しないと痰で顔真っ赤にし、死ぬ人もいた。安らぎの日があった。 重度の人のベッドの横で話し掛けたり歌を歌ったり、ゆっくりひと匙を差し出したり。されるままの人と向き合う時、自分が癒されている、平安な気持ちになった。この世的には無力な人から癒され、安らぎを与えれる。人に役に立たない人は一人もいない。親御さんにとり、この人が生きているだけで支えとなる。イエス「私の恵みはあなたに十分である 弱さはその人の中で発揮される」 

・ウィルスが猛威を振るっている。日本の感染者は1100人越えた。マスクが不足状態。何故だろう。台湾は直ぐ休校にした。マスクを配給し1週間で大人2枚、子供3枚。小さな国であるがしっかりしていると思う。サーズの教訓生かしているという。台湾は日本と地理的に似て地震国である。休業補償が有ると言う。子供たちは、大変な思いをしていると思う。店では買い占めが進む。イタリアの校長のメッセージが紹介された。「落ち着いて行動するように」ペスト流行の時にはデマが流れたが今は違うぞ! 

私達も落ち着いて行動することが大事です。神の御言葉を学び、乗り越えられると思うし、そうしていきたい。

・今、コロナウィルス感染で世間を騒がせている。 ティッシュの買い占めで苦労している。 マンションで挨拶したが、返事がなく残念な思いをした。のどが渇き、近所へ麦茶を買いに行った。自動販売機で購入した時、機会が話してくれた。びっくりしたがうれしかった。 販売機が声をかけてくれて、温かい気持ちになり嬉しかった。

・最近新しく織田兄が集会に来てくださり、新しい賛美の歌声が高く響く。私自身、最初賛美歌が響いたが今は駄目。だから大変今うれしく思う。ウィルスが世界中に拡大し、その影響で経済も先行き分からない。株価の暴落が続く。イエスを信じる集会に参加し、全て神のみ旨にあることを教えていただき、心に平安を持ちたい。主の祈り、讃美歌566使徒信条、心が平安になる。神、イエスを信じる者は罪ゆるされ永遠の命を得る。新天新地の希望に生かされている今、常にこの信条を覚えたいと思う。 

 (4月)

 ・小長谷兄が久しぶりに参加してくださり、感謝です。この所コロナウィルスの感染爆発傾向にあります。初期症状とのことで、人の姿がまちまちです。BS日本テレビの土曜日18時から放映の「小さな村の物語・イタリア」の番組を毎週楽しみに見ています。毎週、山や島の水辺の小さな過疎の村が紹介されます。村には決まって教会があります。村の人々は教会の礼拝だけでなく、色々な行事に参加され村人との交流を大切にしています。その触れ合いを通して共に支え合い、村での生活を楽しく過ごしている様子が伝えられます。今、イタリアの感染による死者数は、アメリカの次に多いと報道されています。ハグ、キスの習慣により爆発的に増えた様です。オーストラリアでは、家族以外3人以上集まれば罰金を科す徹底ぶりです。思いやり持って生活していきたいと思います。今日はイースターです。神様のお守りがあること信じ、元気に明るく前向きに生活したいです。

 (5月)

・西澤さんの母、103歳で召されたということで、子供さん皆さんが元気で生活していることは、親としても嬉しかったでしょう。何歳で死のうと悲しみは変わりないです。わたしの母83歳で亡くなりました。浄土真宗の寺ですので、南無阿弥陀仏です。戦争に行って「南無阿弥陀仏」で死ねると言っていました。不幸にしてコロナ騒ぎで近隣者、親戚の多くの見送りできず、参列できず申し訳ないです。冥福を祈ります。今月9日10日の2日間、スカイプ全国集会が開かれましたが、初めて参加できました。足首痛め頭が弱り、このスカイプの集会に参加させていただきながら、会全体に多くの迷惑をかけ申し訳ないです。無教会縮小されている。古い信者が各地におられ、そこを拠点に伝道、集会している。西澤さんも九州へ行き伝道活動をされ感謝しています。パウロはイエスから伝道を命令された時、多くの信者の祈りで送り出されました。苦難の道を授けられたパウロですが、他の人々の応援を得て一生懸命伝道しました。この機会に全国各地の他の集会を知ることができ、祈ることができたら幸せ です。小さな祈りをもって伝道したい。

(6月)
・母のことを話したい。母がなくなり1カ月たった。老人ホームへ預けようか…と思ったこともあったが、最後まで家で見れてよかった。私自身、幸せでした。寝たきりになったら背が曲がっていて大変かなと思った。それがなく良かった。ウオーカーがあって楽だった。信州の松下姉が使っていて参考になった。高齢で使用は無理と心配したが、歩行が楽になり何よりよかった。夜トイレに帰って膝が痛いと言い、しばらくベッドに座った状態でマッサージすると「ありがとう」と言われ嬉しかった。母から元気もらって私も元気。あと数日で102歳になるのだから痛いのも仕方ない。デイで入浴が終わって「ありがとう」とはっきりとお礼を言うので、皆さんが元気をもらえて嬉しがられた。耳が遠く、話が難しかったが、いつも「ありがとう」が口癖で、心が和まされたと思う。葬式の弔事で、孫が「『お礼は1回でなく2回言うように、挨拶はしっかりと言うように』と教えられた」と、お礼の言葉を話す。孫5人、ひ孫1人、皆それぞれの思い出を話をしてくれた。施設にお礼に行った時「おばあちゃんにうるさいと言われました」言うべきことをはっきり言えて、施設でも幸せではなかったかな、と思った。いつも柔軟な姿勢だった。家でも言葉の訓練、デンデン体操を繰り返し練習した。大きな声で笑う訓練も素直にできた。今も天国でわたしたちを見て笑っているのかなと思う。
・昨日は土曜日、朝5時半ライフラインの番組を観ました。みなみななみさんの言葉5つ。 ①積極的な人はほっとけない。②神を神としない=罪。③思い通りならなくても神の導きがある。人生の主導権を神にお返しする。④心を尽くし主に寄り頼む。箴言3:5-6 心を尽くし主に信頼する。⑤自分の分別に頼らない。主はまっすぐにしてくださる。 
もうひとつ、保科たみ姉の老人ホームを訪ねました。半年以上久しぶりにたみ姉に会いました。娘・優子さんが居ました。驚いていました。嬉しかった。元気だけど腕、腰が痛いと言っていました。集会に出席したいがもう少しし様子見てからにしたい。見違えるほど元気で良かった。ご飯美は味しく全部食べてしまう。力もらって帰って来ました。コロナ感染予防のため入所する時、体温を測りました。面接時間は長くて30分です。
・自力整体で講師をしている。「あそこ痛い、ここ痛い。」と言う人が多い。体が曲がっている人が多い。重心をまっすぐにするために縦、横の線を目で追う。自律筋は、十字架を想定し背を延ばす。何もかもキリストに通じている。
私は身近の人にキリスト教を伝えたい。一人でも多くの人の魂を救ってあげたい。読書会の計画をしたい。夫から「俺に口答えするな」「カーテン締めるな」と言われる。外の木が緑のカーテンのようだ。息子が「父さんはわがままだな」と言う。 私は、イエスを思う時間多くなった。心がイエスから離れた時間は罪と思うようになった。足が痛く、みんなに助けてもらおう、という気になった 孫に助けてもらった。夫から何を言われても心を切り替えようと思う。

(7月)
・保科たみさん、中嶋さんが出席、ありがとう! 今、連日豪雨災害のニュースが放映されている。わたしが小さな頃、長野の実家で川が氾濫したことを思い出す。小川が氾濫し、家周辺が見渡す限り川原になった。こんなこともあるんだ、と唖然として見ていた。雨が降ったり止んだりを繰り返し大きな水害を起こした。今、九州が災害に遭っているが、九州だけでなくどこの地域も大きな水害が起きやすい。家の近くに何か所か「山崩れ注意」の看板が立っているので、早め早めに動きたい。子供からも心配する電話がありました。他人事でないように思っている。
・感染不安の中、こうして毎週礼拝に参加でき感謝です。他県の友人は礼拝が休んでいる。 神の御心を聴いて行きたい。コロナで大変な時期を迎えているが、神様が傍にいてくれることを確信している。人々を支えていけますように。伴兄を思っています。兄は療養されているがあなたの温かな励み、勇気を与えてください。あなたが一緒にいてください。家族にも温かな励ましがありますように。中嶋さんは近くに大きな手術を控えています。兄の上にあなたの恵み、力を与えられ、又、一緒に礼拝できますように。
・コロナウイルス感染で一部解除され、ほっとしている。また今、感染者が増加している。世界的に見ても1500万人、死者62万と過去最高のペース。主にアメリカ、ブラジル、南北アメリカで半数以上。日本はまだ3万人程度で多くない。経済が停滞し、観光業どうなるか心配。最近は気象状況もおかしくなり、洪水や崖崩れの事故増え安心できない。人類の無差別発展の弊害か。神の警告でしょうか。死後のことを考えるとイエスを知り、信じて過ごさせていただきたい。イエスの贖いによる死の後、イエスを信じて 再臨の時、多くの人達と主に苦しみ、悲しみのない幸せに導かれることを希望している。あと少しの人生を生かせていただきたい。イエスの話を聞いて安心して生活できるのだからしっかり受け止めて暮らしていきたい。
(8月)
・順調な時人にも親切でありたい。自己中心的な時があり、友人に対しても反応しない時もあり、私の欠点です。神の声を聞いて考えてよりすがっていきたいです。
・人の良いところを見ていきたい。パウロそれを人選 人を大事にする 物事が起きると不安になるが、そんな時こそ神に委ねることが一番いいと思う。 
・神は、天使を使い、パウロの困難を乗り越えた。パウロが牢に入っていた時、天使を使ってパウロを助け出した。いろんな時パウロを助けた。私は、イエスの救いを信じて平安に暮らしていられる。この世を去る日が近いと思うがそれまで仲間に入れていただきたい。そのためにも健康に守られますように。
・熱い中、ご皆様、苦労様です。夏の終わり、人生も最後までイエスに会って安住できますように願っています。

(9月)
・アシュラムの榎本保郎氏は、「朝の15分の祈りがすべて。来る朝毎に新しい気持ちで一日を始める。惰性を戒め、来る朝毎に新しい一日を始められる祈りをしましょう。」との話をお聞きした。
 子の祈りの大切さをお聞きした私は、十字架上のイエスの姿を思い浮べ、罪の赦しにより、今日の命が与えられたことに素直に感謝したい。自分を捨て、イエスの愛の中で活かされるよう祈りから一日をスタートしたい。小さな弱い者として謙遜に低い姿勢を与えられ、イエスにすがって生きる取税人の「ところが取税人は遠く立って、目を天にあげようともせず、胸を打ちながら言った「神様、罪人の私を憐れんでください」と祈られる姿を大切にしたい。
・藤尾正人氏の雑誌から「日曜礼拝は、集りにイエスが来るの出はなくイエスが招待されているもの。『さあおいで下さい』」 私たちは。招待されているだけであり、我々がイエスを招くのではない。イエスが一人一人に招待状を出していてくださる。礼拝に出席できることをもっと感謝し喜びたい。礼拝に出られず施設で生活する兄弟姉妹のことを祈っていきたい。
・集会の兄弟姉妹4人が体調を崩したりして礼拝を欠席し寂しい。二ヶ月ぶりに小田講師招くことができ感謝です。わたしは、清水聖書集会の礼拝に参加しはじめ、3―4年経った時、前澤姉から初めに声を掛けらうれしかった。礼拝後の世間話が楽しかった。兄弟なのでどこかでまた会えることを願っている。
(10月)
・最近、妻がパソコン購入した。業者が家に来て接続作業した時PCのことを伺った。「PC内に情報登録量多いと痛みやすく、展開速度も遅くなる。PCの内部は必死になって機械が動いている。特に画像データは重い。」 早速整理に取り掛かろうとして画像を見た。
現役時代の写真を眺めた。静岡市と合併5年目、葵区民生委員事務局を担当し会議に出席した。ある民生委員が国から20年・30年永年表彰授賞。そのお祝いにささやかな席を設けた時の写真が出て来て当時を懐かしむ。当時は大変忙しい生活であったが、思い切って席を設けてよかった。その御退職して現在まで民生委員とのお付き合いが続けることが出来楽しかった。あの当時より現在の方が時間的に余裕がある。しかし行動が少ない、人との交流が薄い。忙しい時の方が計画的に過ごしているように思う。
これから現役時代の様に人とのお付き合いは、もっと計画的に積極的に過ごしたいと反省した。
・今年のノーベル平和賞は国連平和機関の「世界食糧計画」が授賞した。現在地球上では 9人に1人食料不足に喘いでいる。 コロナ禍で悪化しているようだ。 国連では「すべての人に栄養を」と訴え続けている。 日本は食料が一番余っている。支援者は食糧をはじめ、マスク、防御服を送る。私たちの清水聖書集会も献金海外支援機関に送金している。 食料不足で困っている人たちを忘れないで生活したい。食品ロスなくしたい。生活行同組愛で食品ロスを集めている。食品ロスを出さないように冷蔵庫は常にチェックを心がけたい。
・30日間入院してやっと退院できた。病室の窓から海岸沿いに有度山、伊豆の山々、市内・宮加三、工場群の景色が見ることが出来た。30数年前に勤務した新缶詰工場跡地も見ることが出来た。働いていた当時、地元の人たち等に世話になった。ミカン缶詰時期には部落の人たちに世話になった。ミカン集荷の杉山さんには臨時工員の宿舎など世話になった。杉山さんの事は忘れていたが送迎で通る度に懐かしむ。昨年暮れに亡くなったことを聞いたが、お礼を言えなくて残念だ。わたしは人の御恩を忘れる駄目な人間と思う。
多くの人の世話になり今日ある。多くの人に世話になった恩を忘れない者として生きていきたい。

(11月)
・コロナの不安と体調の悪さも徐々に快方に向い、先月から出席でき感謝です。今年3月頃からコロナがの感染が始まりました。コロナ一色です。感染者が世からはじかれ、差別されている現実です。ハンセン病然り、哀しい事と思う。最近新聞読むと、家の中で過ごすこと多く色々なことが分かりました。家族愛 家族の知らないことが分かって来ました。良い事です。話し合いが難しくなり少しずつ家族愛が生まれよかった。ヨーロッパは厳しい状況ですね。礼拝も守れない状況がいつまで続くのか。神の警告と思います。何故、どのように警告されているか考えながら祈りながら生活したい。元の生活に戻らなくていいが普通の生活に戻りたい。
・去年の今頃、風邪で入院か、それ程体調が悪かった。今もその症状が少し出ている。 それでも今年は何とか健康に守られ、集会に参加でき感謝です。アレルギー、咳が出るので免疫力を強めたい。 元木兄、中嶋兄が入院中ですので2人の兄のことも祈り合っていきましょう。
・久しぶりに剣持姉が参加してくださり嬉しい。感謝します。私はラジオが好きで、11時からの加藤諦蔵氏の人生相談をよく聴きます。「困難があるから知恵生まれる。」「子供が上手く育つには、家庭、学校、そして子供が、同じ方向に向くこと。」いい言葉と思います。子育ては焦らないことと言っていました。中・高6年間教会に通いました。担任でない中村タケシ先生に導かれ教会へ行くようになりました。突然私の方に来て「明日から楽しくやろうね」、と言ってくださった。いじめに遭っていたので温かな言葉が嬉しかった。明日から楽しく学校に通える!と思いました。その先生が教会を案内され、悩み事を聞いてくださった。先日の11月10日が先生の誕生日、世田谷で暮らす先生の家に電話しました。奥様が出られました。私は「先生の誕生日、おめでとうございます」そしたら「今年7月4日亡くなった、81歳で」と言われました。私は泣きませんでした。天国に召され、神の元に行ったと確信しました。安心しました! それから1週間先生のこと思い出して生活しました。
・「貧しきもの幸いなり」 英和高校に入学してこの言葉を知りましたが理解できませんでした。貧しいとは良いことでない。それが幸い? 豊かであれば金も心もあればいいのに…。しかし貧しいとは神様に向かうことと解りました。神様が涙を拭われる時、幸い。涙があって神が来てくださる。 自分なりに解りました。長男家族と同居をはじめて2年。主人を亡くし増々良くなっている。私の行動が変わった。多動症の孫娘、怒る長男、寝たふりした嫁。家族が外出する時、見送りするようにしています。私がやればいい。朝起きてから夜寝るまで主の父を思う。涙が流れるそんな時、神様がいらしてくださることを思います。
・今日待降節。クリスマスです。コロナ禍の今、世の終わりなのか? イエスの再臨を思わされます。 亡くなった方の霊をも覚えて過ごす。新しい日曜日、また1年のサイクルでイエスの再臨を待ちたい。世の中は飲み食いばかりでクリスマスに思いを馳せることが少ない。世の光として生きたい。
(12月)
・➀先日、母死亡による喪中による新年挨拶の欠礼の葉書送る 母死亡を初めて知った未亡人から手紙と母の祭壇に品物が送られて来た。嬉しい! 約40年前、図書館へ移動 そこで文化会館ボイラー技士と出会う。馬が合い、色々な話をし友人となる。市の委託業者職員で他の同僚より高齢の方で下。その職場にずっといたいが他の施設に異動か、あるいは市の委託から外れ他の施設へ移るかも…心配先取りしたようで悩んでいた。結局命を絶った。葬儀で弔辞を読んだ。その後、弔辞が縁で長男と年賀状続く 
②図書館の後、勤労青少年ホームで出会った元小学校教師、今年4月91歳で亡くなられた。この方は、青年産業大学事務局員として働く。仕事を終えた青年が、夜間、教養、仲間づくりのため集まる施設である。3年前、静岡クリスマス講演会に出席された。真面目を絵に描いた様な元小学校教師で、遠慮がちにボソボソ話す。話しぶりからも誠実で嘘のない人でした。青年産業大学在職中、コツコツと文集を作られた。
この2人の共通点は、地味で火の当たらないところでコツコツ働く人であった。万年平社員、平教師であり、心の内も外も一緒でした。安心して腹を割って話が出来た人達でした。虚勢・虚飾ばかりがもてはやされる世の中にあり珍しいタイプの人でした。2人を通し、信頼される人の尊さを改めて教えていただきました。
・11月27,28日弟の1回忌。その時お会いした人の話が印象に残りました。今、米が安くても売れない。消費量が減っている。日本人が長く米を主食にして来たが、若い人のコメ離れが留まらない。 我が家も夕食に米を食べるだけとなった。現職時代は昼食弁当でも米を食べた。今は稲作りも伝えられない。庵原も、昔は水田が多かったとお聞きしたが、今は全くない。寂しく思う。
<クリスマス特別礼拝 感話>
・小田姉が7月「暑さに弱く夏は集会参加を休ませていただきます。」「9月からまた礼拝に出席します」 そして8月半ばに「9月から参加します」と言いましたが「10月から出席します。」と。大変気にされていた。「9月から出席できず申し訳ありません。」この話をお聞きし、ルカ16:10「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。」の言葉を思いました。小さな事であれば「まあいいか」ではなかった。小さな事の実行を積み重ねることが人の関心を得る、「急がば回れ」の格言を思い出しました。
・12月6日の小田兄の聖書講話。ロマ10:13「主の名を求めるものは誰でも救われる」 すべての人々が3回登場する。この言葉を信じていきたい。 
・毎週礼拝守られ感謝。やることが遅いが、皆様が何も言わないで感謝。7月末にこの聖書集会から離れた前澤姉ですが、神と共にいてくれたら感謝です。たみ姉が心配ですが、聖書に繋がっていてくれたらあり難い。好きな御言葉は、マタイ11:28-30「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに着なさい。休ませてあげよう」が、私のお気に入りの御言葉です。
・主人の見舞いに来てくれて感謝でした。私と長男、私と主人、私と嫁、私と孫等が、どんどん改善されました。8月12日6時 讃美歌「神ともにいまして」 この歌ずっと歌い続けた。夫は最初、嫌がるようでしたがずっと歌い続けた。今思うと良かったと思う。イエスへの信頼がこの頃強くなったように思う。裏切ること等二の次と思う。 
・たみ姉から「クリスマスカードありがとう」の言葉がありました。皆さんに伝言してくださいとのことでした。家にいた時より今の方が体調が良いと言っていました。この一年で一番心に残った聖書講話は小田兄の7月19日ミカ7:18「いつまでも怒りを保たれることはない」でした。
・8月3日県立病院入院し手術。右手不自由で治らず諦めている。皆さんから見舞い頂いた。有難うございます。12月17日一切の治療を終え、今後は「あかつきの園」通所リハに通います。またこの集会に出席でき感謝。
・9月頃、転んでろっ骨を折った。キリスト者としてどう生きたか、何を祈ったか?
お願いの祈りが多いと思う。家族、集会、愛真高校、卒業生、コロナ禍…祈る課題が多かった。卒業生と長く電話することが多かった。「祈りしかできなくてごめんね」精神的に止んでいる。神が支えてくだ去っている事を確信します。私の祈りは人間的、神への願いが主であった。神への感謝、イエスを与えれた感謝の祈り。感謝の第一は、イエスに繋がらせてくださった事です。こころ痛むことも多かったが、いつもみ手の中にいてくださり平安な思いでいることができた。平安な思いでいれる事を沢山の方々へ感謝したい。多くの人の祈りがあったから。そのことを気付かされている。来年も神に委ねて歩んでいきたい。
・12月23日1番の親友が亡くなった。正月が来るといって餅をつき、食べて喉に詰まらせ窒息死した。井上さんと言う人です。人間は一人で生きていくことは難しい。では僕はどう生きるか、責任は何か、をしきりに考える。友人から与えられた責任は証言する事です。25日お別れの会・家族だけで執り行われた。405番歌いたい。わたしたちの本国はどこにあるか、天国にある。再会した時はいろいろ話をしたい。友と話をすることは自分と話をすること。こころが持っていかれてしまった様に思う。