ペトロの手紙Ⅱ 1章     2022.4.3

小田弘平

 「ペトロの手紙Ⅱ」はキリストから直接教えを受けたペテロなどの使徒が召され、直接使徒からイエス・キリストの福音を聞く機会を失った信徒たちは、復活されたキリストが再び来られ、お会いすることができるという再臨信仰を胸に抱いて集会に集っていた。ところがキリストの再臨信仰を批判する異端教師が入りこみ、集会をかき乱そうとした。危機を感じた指導者のひとりが異端派に惑わされず使徒の教えに固く立つ信仰を持ち続けるように祈って信徒にこの手紙を書いた。

 著者は使徒ペトロの名を使っている。当時キリスト集会ではギリシャ語訳の旧約聖書と並んでパウロの手紙を朗読していた。わたしたちが現在手にしている新約聖書はまだ完成していなかった。1章で伝えたいことは以下の通りである。

 ①人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなったが、キリスト・イエスによる贖いの業を通して、神に恵みにより義とされる。 

 ②イエス・キリストがやがて来られるとき(再

 

 

臨)まで希望を持って忍耐しよう。

 ③わたしたちの地上の生は御国へ入るまでの準備の過程である。この間、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくだる。④聖書は聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだから、異端教師がするように自分勝手に解釈すべきではない。 

 ペテロの友パウロも次のように希望を遺言として弟子テモテに送った。「わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけではなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人(信徒のみなさん)には、だれにでも授けてくださいます。」(テモテへの手紙

4章6節から8節)